2012/06/05

「スウェーデンには、クリエイティブなテクノロジストを抱えた広告エージェンシーは無い」取材#3:Jung Relations/Berghs 前編

修士論文を提出し終え、やっと落ち着いたので、スウェーデンの広告エージェンシーで働く人々へのインタビューシリーズを再開したいと思います。

3人目は、航空整備士から広告マンへ…と非常にユニークなキャリアを積んできたフレドリック・ヘッグハマーさん。整備士の仕事に5、6年ほど携わった後に、97年頃からデジタルビジネスに深く関わるようになり、スウェーデンの広告エージェンシーであるLowe BrindforsGarbergs、またデジタルプロダクションにおいて定評のあるPerfect Foolsなどに勤め、今現在はPRエージェンシーのJung Relationsでデジタルプロデューサーとして活躍されています。また、Berghs School of Communicationでアートディレクター/コピーライター講座の講師も兼任中。

ということで、一部抜粋という形になりますが、インタビュー内容を前半・後半に分けてお届けします。(インタビュー日:2012年2月21日)




まず私が気になったポイントは、Garbergsのような、いわゆる昔ながらの広告エージェンシーと、Perfect Foolsのような最先端を走るデジタルプロダクション会社って、職場環境が恐らく全然違うよね、ということ。その違いを、彼はどう感じ、どう対応していたのか。そんな質問から始まったのですが、気付けば、今の広告エージェンシーの問題点や、何を改善すべきか、などの厳しい指摘へと話が発展していきました…。



GarbergsからPerfect Foolsへの移動というのは、大きな変化だったのでは?

当時の状況を詳しく説明すると、実は僕がPerfect Foolsで働いていた頃に、Garbergsがクライアントだったんだ。そしたら向こうから「うちで働かないか」とオファーをもらったので、6ヶ月間だけだったけど職場を移動した。Garbergsはスウェーデンでベストエージェンシーの一つだから、彼らの仕事に対する取り組み方を見ることが出来たのはとても良い経験だったよ。けど、全ての作業が僕にとってスロー過ぎたから、またPerfect Foolsに戻ることにした。


なぜGarbergsはペースが遅いと感じたのでしょうか?

「遅い(slow)」というのは正しい表現ではないかもしれないけど、Garbergsはトラディショナルなエージェンシー(1987年設立)で長年培ってきた独自の業務プロセスがある。そのプロセスが会社に利益をもたらしてきたから、すぐに変えることはとても難しい。けど、(今のメディア環境の変化に対応するためには)それを変えなきゃいけないということを、実感し始めているみたいだ。

実は昨日彼らと話をしたんだけど、今はデジタルに関する知識を持った人材をもっと採用したいらしい。他のエージェンシーと同様にね。僕がGarbergsにいた頃(2006年頃)は社員が35人くらいだったが、デジタルの知識を持っていたのは僕一人だけだったよ。全てのミーティングに出席しなきゃいけないのは大変で、僕のような人材にとってはベストな職場環境とは言えなかった。



最近の広告エージェンシーはデジタルに対応できていると思いますか?

多くの広告エージェンシーは、コンセプト作りやアイディア出しが得意だが、何かを作る(doing stuff)ことに関しては凄く苦手。いつもプロダクション会社に頼りきり。けど今の広告ビジネスの大きなトレンドは、もっとエクゼキューション(execution)に力を注ぐこと。なのにエージェンシーはエクゼキューションよりも考えること(thinking)にばかりお金を費やしている。

良いアイディアでも、エクゼキューションが上手くなければ酷い広告になる。逆に、まぁまぁなアイディアは正しくエクゼキュートすれば最高の広告になる可能性がある。



デジタルプロダクション会社の人は、広告エージェンシーで働くことに興味はあるのでしょうか?

スウェーデンには、スキルの高いクリエイティブなテクノロジストを抱えた広告エージェンシーは無いよ。良い人材はいるけど、もし君がとても優秀なプログラマーなのであれば、広告エージェンシーで働きたいとは思わないはず。

70:20:10の法則を知っているか?どんなことにも応用できるが、広告エージェンシーのビジネスに関して言えば、通常、マーケティング予算の70%はテレビCMや新聞広告などのコアビジネスへ、20%はコアビジネスの周辺で行うキャンペーン展開などへ、そして残りの10%はブランドとは関係無いけど人の目を引くようなクレイジーな施策へ費やしている。

Perfect FoolsやB-Reelで働くような人々は、その10%のために仕事をしている。少なくともPerfect Foolsでは、お金を儲けることよりも楽しい仕事をして、賞を受賞することが大事。エージェンシー側で70%の部分をやりたいとは思わないよ。もちろん、70%はビジネスの核の部分だからとても重要。けど20%や10%の仕事と比べると、パッションの入る余地があまり無い。例えばボルボを扱うエージェンシーで働く場合、一年に一度はクレイジーなことができるかもしれないけど、それ以外は面白みの無い仕事(meat and potato work)をやらざるを得ない。



クライアント側はその10%を求めているのでしょうか?

そうだね、みんなAriel Fashion Shootのようなことをやりたがってるよ。でもそのトレンドはずっとは続かないと思う。10%のクレイジーな仕事をやっても商品が売れてるとはあまり思わない。でも楽しいし、制作側だけでなくクライアントにとっても、賞を取れれば嬉しい。けど消費者はそんなことどうでもいいよね。

10%の仕事を求める声は多いけれども、同時に、ソーシャルメディアを活用したコミュニケーション(conversation marketing)に取り組みたいという意向も強くなってきている。Jung Relationsでは生活者との会話を維持するためにブランドを様々な形でサポートしている。それがもっと重要になってくるだろうね。

けど20%の(短期的な)キャンペーンというのは、もう終わりじゃないかな(they're pretty dead)。でかいキャンペーンをリリースして、「はい、終了!」という時代は終わったし、お金の無駄だと思うよ。会話を続けることが大切。




フレドリックさんは、前回ご紹介したSaatchi & Saatchi前CEO(先月Executive Chairmanになったそうです)のハンスさんとは異なり、純粋な広告マンではありません。デジタル寄りのビジネスにずっと携わってきたということもあり、いわゆる「トラディショナル」な広告エージェンシーに対して物申したい感が物凄く伝わってきました。

特に「考えることからエクゼキューションへ(from thinking to execution)シフトしていかなきゃだめなんだ!」というメッセージは響きましたね。このことについては、CP+B Europeのエグゼクティブ・クリエイティブ・ディレクターのグスタフさんも、スウェーデンの広告業界が抱えている課題としてインタビューで強調していた点です:
ビッグ・アイディアを思いつくことは、広告を作る上で重要なことだ。けど広告エージェンシーが儲けを多く出せるのは制作の部分。アイディアだけではそんなにお金にならない。今後色んな会社がスマートな制作システムを作っていけばいくほど、制作からの儲けが伝統的な広告エージェンシーから奪われていくだろう。彼らは、収益を保つのが難しくなると思う。と同時に、ブランドを抱える企業はこれからマーケティングにもっと投資をしていくだろう。そのシェアを少しでも多く掴むためには、エージェンシーはもっとシステムやテクノロジー、データに投資をする必要がある
また、繰り返しになりますが、デジタルエージェンシーAKQAイナモト・レイさんも同様なことを:
「アイデア」がどうシェアされ、なぜシェアされるかを可能にするのが「エクゼキューション」。この2つを切り離しては、いくらいいアイデアが思いついたとしても、実現性がない。アップルの製品が「ソフト」と「ハード」の融合を大切にしているように、広告代理店も「アイデア」と「エクゼキューション」を融合しなければ、今後難しい状況になるだろう。(全文はコチラ
「これからの広告でソーシャルメディアやモバイルなどのテクノロジーが欠かせないのは、いうまでもないことだ。しかしテクノロジーを使う上では、エージェンシー内部にテクノロジーのエクゼキューションが分かり、自らもある程度つくれる人材が必要となる。こうした人材がいるかどうかが、プロセスもそして最終的な仕事の質もかなり左右することになる。」(全文はコチラ
スウェーデンはデジタル先進国!ということで広告エージェンシーに対してかなりポジティブなイメージが日本でも定着していると思うのですが、(当然のことながら)全てのエージェンシーがメディア環境の変化に上手く対応できているわけではない、ということを実感したインタビューでした。


続編では、スウェーデンのデジタル・クリエイティブがなぜ注目されるに至ったか、アートディレクターやコピーライターの役割はどう変化しているのか、スウェーデンの広告業界が直面している課題は何か、などの質問に対するフレドリックさんの回答をご紹介します。